僕のこれから
高専に入学して後悔はしてない。 いろんな人に出会えたし、なにより面白かった。でも、学んでいることには興味を持てなかった。 小さい頃から、モノを作ったり分解したりするが好きだった。中学でも技術の授業が好きだった。でも、インターネットを使い始めて興味はWEBに移っていった。でも、将来のこととか高専に進んでからの事を考えて高専の電子工学科に進学した。その時点では、最良の選択だと思っていた。
でも、中学校3年生で自分の将来を決めるのは早すぎた。甘えといわれればそれまでかもしれないけど、高専で勉強することに興味を持てなかった。意味を見つけることが出来なかった。そして、なによりも高専というものをよく知らずに入学してしまった。
高専は、専門的な面白いことを5年間も学べる場所だと思っていた。しかしそれは違った。たしかに専門的ではあったが、概念的な話や意味のわからない公式がほとんどで具体的な話は何もなかった。自分が今学んでいる知識がどう使われていて、将来どうなるのか分からなかった。未来が見え無かった。自分で調べるとかそういう問題じゃない。憂鬱な授業に出て、公式と過去問を暗記してテストに臨む。面白くなかった。
そしてなによりも、自分がやっていることに興味がなかった。自分が好きだと思っていたものだが違った。僕の好きなものは別にあった。自分の興味もない、概念的な授業を受けるのは苦痛だった。
高専に入って2年目からは自分の好きなことをした。いろんな本を読んで、HTMLとかCSSを覚えたり。意味もなくインターネットをずっと見ていた。その時、僕はこういうことが好きなんだって気づいた。2年目の後半には、Twitterで知り合った人に会いに東京へ行った。東京は人がいっぱいいた。そして、今までインターネットの中にいた人と実際に会うということが面白かった。世界の広さを感じた。自分の周りだけが自分の世界だと感じるが、そんなことはなかった。それはものすごく広かった。
その後、自分で見よう見まねで学生団体みたいなのを立ち上げた。よく分からないし、自信もない。そしてちょっと恥ずかしかった。幸運にも、Twitterで声を掛けていただいて、とあるイベントでLTをさせていただけた。今考えればそこがターニングポイントだったんだろう。数週間前に受けたCSSNightの講演の資料を見ながらスライドを作り、教室のプロジェクターで何度か練習した。緊張したけど、楽しかった。本番では、凄い偉そうなことを行った事を覚えている。たくさんの質問とアドバイスを貰い、懇親会に出てまた世界の広さを知った。
その後、いろいろなイベントに出るようになりたくさんの人と知り合った。社会人の人とか大学生の人とか。一人ひとりの人としゃべるのが新鮮で面白かった。団体を作って仕事こそそんなにしなかったものの、たくさんの人と会って意見しあって。それだけで、満足だった。
学校以外の楽しさを見つけ始めたときに、東日本大震災が起こった。ここが第二のターニングポイントになった。インターネットの在り方が変わった瞬間を目にした気がする。Twitterでは様々な情報が交わされ、震災から幾分か経つといろいろなサイトが立ち上がった。インターネットの可能性を感じた。
僕は震災後、なにかアプリを作ったりサイトを作ったりは出来なかった。でも、インターネットの可能性とか在り方の変化というものを感じられた。地元で少し周りを手伝い、仙台に戻ったあとHack for Miyagiや復興系のイベントに参加した。復興を支援している団体とも関わった。Hack for Miyagiでは技術者の人が震災復興にどのようなアップローチをしていけばいいのか、ITは復興にどのようにかかわれるのか。そんな事を模索している現状を見た。復興支援の団体とか関わったときにも、自分がどう関われるのか模索している学生を見た。みんな探していた。自分がかかわれる場所を。
自分には、スキルがあまりなかった。メンバーと協力して復興支援団体のWEB関係を支援するぐらいしか出来なかった。周りの人が震災に寄与している中で自分は何が出来るのかという葛藤があった。何かしたいという思いがあっても具体的にはなにも出来なかったからだ。 それでもいろんな本を読んだり後援会や勉強会に参加して、知識をつけようとした。今すぐでなくても、後々に大人になって震災復興の原動力になれるように。
震災前は、プログラムを組んだりWEBサイトを作ったり。そんなことに興味があったしそれを極めていきたいと思っていた。でも、震災後自分が動いていく中で自分の興味の向く方向、したいと思うことが変わっていった。
Hack for Miyagiや周りを見ているうちに気づいた。「モノを作る人」、ウェブサイトを作る人、アプリを作る人は十分にいると気づいた。作る人はたくさんいる。自分がこの一員の中に入れるのか。それ以前に、入ってどうしたいのか。そう思った。
「継続」、震災後から大事だと言われてきた言葉だ。しかし裏腹に、復興支援団体やボランティアは減っているし、確実にそれは忘れ去られてきている。復興系のアプリやウェブサイトはどうだろう。続いているのか、どんな人が使っているのか、どの位ダウンロードされて誰が使ったのか。ほんとうに役に立ったのか。よく分からない。本当に必要な人の手に届いたのか。
ITっていうか、インターネットは人々の生活に本当に寄与できたのだろうか。僕の中にはそんな感じの疑問が渦巻いていた。その時から、ITと人の関係や技術者とユーザーの間の壁について考えるようになった。なにかツクルことから、作る人と使う人の間、使わせることっていうかITをどうコミュニティの中に引きずり込むのか。そんなことについて、興味がわき考えるようになった。
6月に参加した東北大での山崎亮氏の講演(せんだいスクール・オブ・デザイン「復興へのリデザイン」3. コミュニティを育成する。:山崎亮)がその根底にあると思う。それまでは、デザインというとなにか人が使うモノをデザインするということという意味しか考えられなかった。「コミュニティデザイン」や「ランドスケープデザイン」などという言葉や概念は衝撃的だった。 山崎亮氏の講演で得たことは更に、TEDxTohokuや様々な勉強会で相互的に深められた。
自分至った思いと、対外から得た思いや知識を混ぜあわせて気づいた。自分がしたいこと、興味が有ることに。 ただ単にモノを作るだけではなくて、コミュニティとインターネットの関わりを考えたい。ただ単にウェブではなく、ウェブと人との関わり。そんなことがしたいんだと気づいた。考えが抽象的かもしれないし、幼稚かもしれないけど、僕はそう思った。インターネットやICTと利用者の間に入りたいと思った。
先日の、Hack For Miyagi Meeting #1や東北デベロッパーズカンファレンスのLTではそのような自分の思いが少し形にできたと思っている。 ( Hack For Miyagi Meeting #1 LT : Slide , 東北デベロッパーズカンファレンス LT : Slide )
いま僕が問題視していることやしたいと思っていることは抽象的なことで、実際問題どうなのかというデータやケースはないに等しい。いろんな人と関わり、動いて自分の現在思っていることが社会ではどの程度問題で、どのような形でアプローチし解決していけばいいのか時間を掛けて考えていきたい。
今まで闇雲によく分からず歩いてきたが、自分が何をしたくてどんな考えを持っているのか固まった気がする。また、高専に入学した時のように興味が移るかもしれないし、失望するかもしれない。しかし、この1年な感で自分の軸、根底的なものは固まったと自分では思っている。
こらから、自分の思うことに対する見聞を深めて自分がどの程度社会に寄与することができるのか、そして自分はどこまで頑張れるのか。歩んでいきたいと思う。