Twitterと飲み屋の相似
ちょっと前に、一橋大学の大学院のフィールドワークのニュースが話題となった。内容は、居酒屋でフィールドワークを行うというもの。
1人で居酒屋に行く――。これが一橋大学の大学院の宿題だ。赤ちょうちんを都市の文化空間とみなした、れっきとしたフィールドワーク。学生たちにとっては、異文化との出会いの場でもある。 居酒屋へ1人で、チェーン店はダメ 一橋大大学院の宿題[朝日新聞]
これがフィールドワークと言うのかというと微妙な気がする。この記事中だけで得られる成果としては、極めて一般的なものという気がするけども、参与観察などをして独自性のある視点で切り込めれば面白い研究になる気がした。経験としては全然有りだと思うけど。
この記事を読んだりして最近感じているのが、Twitterと飲み屋って似ているなってこと。記事中にもあるけど、常連の多い飲み屋には、
「自分の素性はあんまり話すもんじゃないよ」
という暗黙の了解のようなものがある。会話からどことなく素性が分かるが、踏み込むのは野暮だ。
Twitterにもそんな暗黙の了解というか、雰囲気があると感じている(これはTwitter固有というわけではなくインターネットの様々なところで見られると思う)。 岡田ぱみゅぱみゅ(@kettansai)やダ・ヴィンチ恐山(@d_v_osorezan)やerror403(@error403)がそれを感じる有名どころだと思う。素性は分からないが、なんだか面白い。どことなく飲み屋と同じような雰囲気を感じるのだ。
その、ダ・ヴィンチ恐山氏のインタビューにある、答えが面白い。
恐山氏に「素性を明かさない」という条件で話を伺った。理由は「私が何者かであるというのは関係なしにツイートを読んでほしいんです。ネットは外見や社会的な立場から言葉が切り離されて、平等に評価されるのがいいんですよね」という。 ふぁぼられ方が半端じゃない! 謎の「ダ・ヴィンチ・恐山」[ASCII]
相手の素性を知ると、話が深まったり意外な共通点が見つかるかもしれないが、知ってしまうと嫉妬や憧れといったいろいろな感情がふつふつと湧いてきてしまうものだと思う。そういうモノを排除した、適度な距離を保ったコミュニケーションというのは日常生活に必要な成分なのかもしれない。