水戸の美術館に行ってきた話
最近、体調を崩してばかりで本格的に生活習慣を見直さなければいけないかなと日々思っているところです。
先日、水戸の美術館2つ(水戸芸術館と茨城近代美術館)に行って来ました。仮にも芸大に籍を置いていますので、大学に入ってからよく美術館に行くようになりました。といっても、よくわからない絵画とは苦手なので割りと近代的なものだったり建築家の企画展のような割りと面白そうなやつに行ったりしています。 今回見に行った企画展は、両方の展示ともにとても面白いものでした。
・坂 茂 建築の考え方と作り方 ー 水戸芸術館
この水戸芸術館は初めて行ったんだけど、町中にあってとても綺麗な美術館でした。劇場も一緒にあるみたいでポスターがたくさん貼ってあって、こういう空間が身近にあるっていうのはいいね。
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やはり、災害支援の部分がとても参考になりました。「われわれ建築家は一般社会のために役に立っているのだろうか?」に似たようなジレンマは、僕も小さいながら感じるのですが実際に活動するのが凄いなと思いました。また、この企画展の面白いところが写真がOKという所です。パンフレットに是非SNSでシェアして下さいと言ったことが書いてありました。
建築は専門ではないのですが、多角的にいろいろと考えられる企画展でした。
・二年後。自然と芸術,そしてレクイエム ー 茨城近代美術館
こういう芸術はよく分からないのであまり好きではないのですが、企画展のコンセプトが面白かったので行ってみました。
二年前に起きた東日本大震災以前に、私たちが人間について、自然について考えていたことは、その後の二年間に大幅に再考を求められているのではないか。 それほど、突然おこった大地震は私たちのものの見方に影響を与えていると思われる。本展覧会はそのような視点から企画されたものである。 例えば自然について考える際、人間は陸の上のわずかな場所を、人間が住める場所として選び社会を営んでいるが、その外側に広がる自然界は自然自体のバランスを保つために動き続けているものであり、 時として人間にとっては逃げることができない巨大な破壊力となって迫ってくるということを、現在の私達は肌で感じるようになった。 そのように地震によって影響を受けたものの見方で作品に接すると、すでに見慣れている美術作品であっても、今までは気がつかなかった面、つまり芸術家は自然に向かいあって絵を描いたり、 彫刻を彫ったり、立体作品を作ったり、写真を撮ったりする際に、一般的に捉えられていた人間にとって都合のいい自然への視点によらずに、もっと異なる独自の視点から自然の本質にせまろうとしていたことに 改めて気づかされることになるだろう。 本展覧会では、震災(関東大震災、阪神淡路大震災、東日本大震災)に関わる、横山大観や、木村武山、河口龍夫らの作品の他、 橋本平八「石に就て」、楢橋朝子「Jindo, 2009」などのそれぞれの作家が独自の視点で自然の本質を捉えようとした作品により構成し、人間と自然との本当の関係について考える。 ー 二年後。自然と芸術,そしてレクイエム 茨城近代美術館
「一般的に捉えられていた人間にとって都合のいい自然への視点によらずに、もっと異なる独自の視点から自然の本質にせまろうとしていたことに 改めて気づかされることになるだろう。」という部分に面白みを感じます。作品を見ていても、これに気づけた作品が何点かありました。個人的に、楢橋朝子さんの「Jindo, 2009」と「山越し阿弥陀像」という画が印象に残りました。
2つの美術館とも東北からも東京からも割りと近い場所にありますので、会期残り少ないですが是非足を運んでみては如何でしょうか。