TokunagaTsukasa | 徳永司

考古学研究(Ⅱ)(歴史考古学研究)講義学期末レポート

型式について様式・型式・形式をもとに論じよ

「先史考古学は型式学(タイポロジー)」によってはじめて科学となった」
とN・オーベリーは1929年に考古学事典の編纂に当たってそう述べた。

 石器や土器にはさまざまな共通性があることがわかる。その共通性を理解するために様式・型式・形式という3つの概念が用意され現在では普遍的に使用される共通言語となっている。
 日本の考古学界ではじめてこの諸概念について論じたのは、中谷治宇二郎(1929)が記した『日本石器時代提要』の中でである。中谷は体系だって様式・型式・形式の諸概念を論じているわけではなく、その論は難解である。小林行雄は、この中谷の方針にしたがって、弥生土器研究を体系化した。
 土器の形態にみられる物理的な要素は、個体間に共通性を認めることができる。とくに共通点の多いものを1つのまとまりとして、区別されるグループが型式であると小林達雄(2002)は定義した。この型式を包括する概念が様式である。型式間は、製作上の流儀のような総合的斉一性でまとめることができる。そして、様式の枠を超えて形態的特徴をもつものが認められ、たとえば深鉢や注口土器など器種とよばれるものがこれに相当する。
 型式がある時期ある地方の様式を構成する具体的な要素となり、形式は様式を超越・包括する、ある時代にみられるものである。

 一方で、山内清男は縄文土器研究に当たってその基本を型式という1つのことばに依拠した。山内は、型式を「地方差、年代差を示す年代学的単位」と定義した。山内は亀ヶ岡式土器などの用語も使用しており、様式的な概念も含まれていると考えられるが、体系的な説明はない。

 様式は、複数の型式の組み合わせとしての時空間的な情報を取り扱うものである。つまり、様式と型式は有機的な関係であると考えられ、その有機的な関係から抽出されるのが形式だと考えることができる。
 N・オーベリーは、型式学によって先史学ははじめて科学となったと述べたが筆者にはその言葉の妥当性は判断がつかない。
 しかし、工藤(2012)によるAMS14C年代測定法を用いた研究によれば、山内が築いた縄文土器型式の前後関係が時間的な重複はあるが、時間的な前後関係についてはほぼ問題なくその編年通りに配列されることが分かった。つまり、型式学的研究には科学として反証可能性や客観性の観点で問題があるというしてきもあるが、科学的なAMS14C年代測定法によってクロスチェックされることでその妥当性をもったといえる。では、型式学は不要かというとそのような議論に進むことは適切ではない。AMS14C年代測定法が与えるのは、時間的な情報のみであって、空間的な情報を科学的に土器から取り出すことは容易ではない。型式・様式の概念はその科学的担保性を模索必要はあるものの、必要な手続きであろう。
 もちろん、土器については胎土分析などによって空間的な情報が科学的に得られるという指摘もあろうが、その基礎となる、様式論的研究が不可欠である。つまり、土器の胎土分析は粘土ではなく混和材の鉱物組成などによる産地推定法であるから、様式論的な観点からの土器の観察が必要不可欠でなのである。

 様式は型式の包括関係であり、形式は様式の包括関係であると捉えることができる。それらは互いに有機的な関係であり、複雑に結びついている。とくに、社会構造や過去の動態にアクセスしようとするときに、現在の様式・型式・形式の概念では不足があるかもしれない。しかし、あくまでも、基礎となるのは型式であり、それが成り立つことではじめて様式や形式という諸概念が成立可能である。とくに、様式という概念と形式との結びつきは強固である。

 自然科学分析の発達や研究理論の進展によって、いわゆる旧来のタイポロジー(型式)は嫌煙されがちな気配がある。しかし、考古学の基礎分類単位となるのは型式であって、そこから研究はスタートする。両極端な姿勢ではなく、柔軟な姿勢が求められるだろうし、そこには冷静さも当然必要な気がしてならない。

参考文献
中谷治宇二朗 1929『日本石器時代提要』岡書院
小林達雄 2002『縄文土器の研究』学生社
工藤雄一郎 2012『旧石器・縄文時代の環境文化史』新泉社

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